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吉保神社流鏑馬 神事
 
吉保八幡神社流鏑馬
 
 安房国長狭郷の古社、吉保八幡神社(鴨川市仲)にて例祭神事として流鏑馬が行われる。2001年9月28日午後3時半頃からその流鏑馬神事がとり行われた。吉保神社へはJR安房鴨川駅から金束行バス「吉保」バス停下車。車では鴨川市街から長狭街道西へ約8km、長狭中学校の近くにある。
 
 流鏑馬は馬を馳せながら馬上より的を射るもので、笠懸・犬追物などと共に武士の武芸鍛錬として鎌倉時代から行われていたものである。馬上で弓を射ることを騎射といい、奈良時代にはすでに行われていた。軍記物語や絵巻物によって騎射の様子をうかがい知ることができるが、平安・鎌倉時代には騎馬戦を主とした戦闘が行われ、騎射が発達していった。流鏑馬・笠懸・犬追物が代表的なもので騎射の三物と称される。いづれも騎射の稽古として行われたが、後には娯楽的にも行われるようになった。室町時代には神事ともなり地方へも広まったという。騎射は、小笠原流、武田流などの流派がその技術の工夫研究に心血をそそぎ、特に小笠原流は、鎌倉時代より現在に至るまで代々連綿として絶えることなく伝えられている。
 現在、騎射として行われているのは流鏑馬だけとなってしまったが、各地の神社などの奉納神事として行われているものはほとんどが小笠原流か武田流の流鏑馬の様式を受け継いだ人たちによって奉仕されているか、地元の保存会で奉仕されている。吉保神社の流鏑馬は後者である。
 戦国時代以来衰退していた騎射は徳川8代将軍吉宗の時代に復興され、騎射挟物という名で実施された。後に新儀流鏑馬と称され、その様式が今日われわれの目にするところの流鏑馬である。流鏑馬は、人馬一体となって弓矢を射るという技術であり、その習得過程も工夫され、それぞれ段階がある。また、目標物(的)が馬を馳せて行く前方にあるために、弓構、打起を体の前で行い、両腕の間に目標物(的)を見ながら引分けに移るという方法をとっている。現在言う正面打起こしの射法と似た形式のものである。
 長狭平野の西は里見時代より軍馬の育成地であったことが、当地の流鏑馬の発祥と大いに関わる。当地の流鏑馬は地頭の畠山・鈴木氏の家柄により伝えられ、近年は4区の氏子と長狭やぶさめ保存会によって執行されている。千葉県無形民俗文化財に指定されている。
 
 9月25日には流鏑馬を行う候補馬の「馬揃ひ」が行われ、占いによって白馬以外の神馬が決定される。
 9月28日当日はまず夜が明けぬ頃より朝祭から行われる。祢宜(弓取神役)も神官の衣装が特別に許される。流鏑馬に関わる者たちは神社に参集して身を清め祭典が始められ、例祭と流鏑馬が無事行われるように祈られる。
 
 午後1時、青年らが祢宜を迎えに行き笛太鼓行列で神社へ入る。拝殿で祭事を行った後、3時30分頃より馬を神社前の直線馬場(120間、約216m)へ向かわせる。まず、下乗り(試乗)が行われる。その後、馬場より約10m位先の苅田の中3カ所(左側)に、高さ約5m位の位置に四角い板の的が設営される。1から3の的は、早稲・中稲・晩稲を意味する。一般的な流鏑馬の的の設営と違うところは、@的までの距離が遠いこと、A的が大きいこと、B的の位置が高いことで、吉保神社の流鏑馬的の特徴として見受けられる。
 祢宜は襷をかけ靱を背負い笠を着けて、社前に待つ神馬に騎乗する。神馬は祢宜を乗せ馬場先へ向かう。馬の口取りにより3廻りしていよいよ馬場を疾走する。この最初の疾走では弓は携えず3つの的に向かって素手で投矢する。神馬を引き返し、いよいよ騎射がはじまる。祢宜は重藤の弓を持ち、3疾走*3的、計9射を行う。1番的に当たれば早稲、2番的は中稲、3番的は晩稲とされ、来年の豊凶・適種が占われる。射手の特徴は、箙でなく靱に似た矢入れ具を背負っているということと、弓手にはゆがけをつけているが馬手は素手ということである。矢は竹をもって製作されている。新しい竹のようでまだ青みが残っている。鏃らしきものが装着されているが、確認はできなかった。
 流鏑馬が終了し、祢宜は矢を受け取り靱に収めて神馬に騎乗したまま社前に戻り、祢宜は社に入る。弓に靱を結びつけ笠も弓に一体させ神前に納める。3つの的も神前に納めれられる。的を支えた竹の支柱は細く割られ、持ち帰る人も多い。虫除けになると言われ、畑などに立てられる。
 記憶が定かでないが、今年は1回目2番的へ、2回目3番的へ、3回目3番的へ中ったように思う。昨年は最後に1本だけ中ったと聞く。正式な占い結果の報告は知らないが、素人考えでは今年よりの来年は豊作が期待できようか? 長閑な田園風景の中、ダイナミックな神事であった。
 
 JRオレンジカード(1000円)では、吉保神社流鏑馬神事、大原はだか祭りなどのデザインも発売されている。
 
 
 
 
 
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